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第24回 『名前が付くと言う事は...』

  私の周りに沢山の人がいる

 沢山のものが有る

 そして全てに名前が付いている。

 名前の無いものは無い。

 かつて昭和天皇は「雑草と云う草は無い」…と言われた。

 全てに名前が有ると言われたそうです。

名前が付くと言う事は働きを意味する事である。

天皇陛下は私達が名も知らない小さな草花においても

一つひとつの働きが有ると申された様に思える。

「名前が働きを意味する」

これは大変重い意味を持っている。

子供が生まれた時

「命名」と書きその下に子供の名前を書いて氏神様に報告する。

この子供を命持ち(みこともち)として

国家社会の為にふさわしくお使い下さい… と云う意味である。

残念ながら今の社会はこの言葉が大変乱れている。

言葉が乱れると言う事は必ず形に現れて来る。

過去に我が子に「悪魔」と名前を付けようとした親が居た。

役所の受付係の機転で事無きを得た様に記憶して居る。

この様な人の心の奥に潜むものは、

「子供は自分の所有物であり、所有者の私がどのように扱おうと構わない」という姿勢だ。

子供は人間では無く、一個の“物”として扱われている。

そこには国家意識も、社会意識も無い。

目先の都合、不都合で動いている人間の姿が見えて来る。

悲しいかなこの現象は

我が子にこの名前を付けようとした親だけの問題ではない。

政治の世界にも、官僚の世界にも、財界の世界にも見えている。

肩書きが付き、呼び名が変わって来る時

人間の働きも変わって来るのであるが、

今の社会は肩書きが付いて呼び名が変わって来ても

それに準じた働きと責任を取る行為が行われていない。

聞こえてくるのは常に弁解の声だけが新聞やテレビを賑わしている。

私達一般家庭においても同じ事が言える。

“夫”と名前が付いた時

“父”と名前が付いた時

“妻”と名前が付いた時

そして“母”と名前が付いた時

それぞれの働きが変わり、それに準じた責任が付いてくるのである。

これは正に法則である。

親がこの法則から逃げた時

往々にして子供の精神が不安定な状態になって来る。

私達は名前と言葉と行動は一体である事を知らねばならない。

日本は言霊のさきはえる国、言葉を大事に使って行きたいものだ。

聖書に曰く、

「はじめに言葉ありき、言葉は神なり、言葉は全てなり…」

合掌。

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